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【SPARK】 RUN!

2014.10.07 (Tue)
run.jpg


★RUN! A5サイズ P92 900円

当麻事件から1年後の夏の話です。
堂上が被弾したことがひっそりとトラウマになっていたという。ような内容。
 序、





 柴崎が小牧に問われたのは当麻事件が解決し、全てが落ち着いた頃・・・・転院した堂上の元へいそいそと郁が通うようになった頃だった。
「笠原さんの様子どう?」
「教官が転院してからというものの、毎日おしゃれしていそいそとデートに向かってますよ」
 あの山猿がびっくりするほどの変わりようですよねーと、柴崎は楽しそうに笑いながら言う。
 まだ、堂上と郁がつきあい始めた事を知らない男子隊員達が、にわかにしゃれっ気を帯び始めた郁を見て、色めき立っているのを横目に、柴崎はニヤニヤ笑いを止められないようだ。
 きっと、堂上に余計な事を言ってやきもきさせているのだろう。
 郁が堂上の病室に通うようになれば、当然柴崎と居る時間は減っているはずだ。それが少し寂しいのだろうか。
 だが、そんな事彼女は表に出すことはなく、小牧もあえて地雷を踏むようなまねはしない。
「デート先が病室ってのも味気ないけれど、二人っきりになれるぶん寮よりいいのかな?」
 つい先日、病室で遭遇した二人の様子を思い出して、小牧はクスクスと笑いながら場所は問わないかと続ける。
 二人ともくっつくまであんなに時間を掛けていたというのに、くっついたとたん人目も憚らない  まぁ、個室だからそもそも人目を気にしてないだろうが  いちゃつき具合だ。
 特に堂上の変わりようがと言うべきか。
 あんな堂上初めて見るなぁ。というのが小牧の感想だ。
 小牧の記憶の中では堂上はずっと独り者だったため、彼女にどう接するのか見たことがなかったから、よりいっそうそう思うのかもしれないが。
「で、笠原がどうかしたんですか? 堂上教官とうまく行ったとたん浮かれちゃって地に足がついてなくて、事務作業ミスの多量生産でもやらかしちゃいましたか? あの子張り切れば張り切るほど空回りする所ありますから」
 さくっときっつい一言を誰もが見とれるような笑顔を浮かべて言う柴崎に、小牧は苦笑を漏らす。
「さすがにそれは心配ないよ。堂上がいない分しっかりしなきゃって思っているみたいだけれど、もう新人でもないしね」
 それは、あえて小牧が言わなくても柴崎も判っているはずだ。
 ケアレスミスがなくなったわけではないが、そんなに大きな失敗はもうほとんどと言っていいほどない。
 それは館内業務においても当てはまる。
 自分が出来るレファレンスとそうでないものの見極めも的確で、不得手な分野のレファレンスを頼まれても以前のように慌てふためくことなく、別の館員に振る。その場合も相手を的確に選ぶ。立派な特殊部隊隊員であり図書館員に成長を遂げている。
 このまま順調にいけば、来年の昇任試験でほぼ確実に三正にはなれるだろう。
 筆記試験でよほどのへまをやらかさなければだが。
 だが、小牧が懸念していることはそういった日常業務においてではなかった。
「一つ、気になっていることがあってね」
「気になっていることですか?」
 一番の懸案は郁がいつ重い腰をあげて、堂上の病室に通うかだったはずだが、それはとうの昔  というより先日無事にクリアーし、今では強い酒を飲まなきゃやってられないほどのラブラブっぷりだ。
 堂上の復帰後、どれだけ歩く糖害になるかと思うと自重しろとつっこみたくなるぐらいだが、小牧はそれを真剣に懸念しているのだろうか?
 いやいや、もしそうだとしてもそれは堂上に釘を刺すか、からかいのネタにするかどちらかだ。
 度が過ぎるようならば、この歩く正論は真っ正面から切りつけるだろう。
 それに、堂上自身、直属の部下に手をだしたのだから、今まで以上に公私の区別はきっちりとつけるに違いない。
 その点に関しては柴崎は何も懸念していないのだが、他になにか気になる懸案事項でもあっただろうか?
 柴崎は己のデータをフル稼働させてみるが、どれも小牧があえて柴崎に問いかけるようなネタになるとは思えず、答えが見つからない。
 そんな柴崎の様子に、小牧は考え過ぎかなぁ・・・と呟きながら懸念を口にした。
「柴崎さんが何も心配していないところをみると大丈夫そうだけれど、笠原さん夜に魘されていたりとかない? 特に雨の日とか」
「夜ですか? 相変わらず腹出して爆睡してますけれど・・・雨の日って・・・」
 小牧が具体的に何を言いたいのかはっきりと判ったわけではないが、雨の日と聞くとどうしても思い出すのは堂上が撃たれ、連絡が入った日のことを思い出す。
 今ではもうずいぶん前の話のような気もするが、まだあの日から一ヶ月と経ってはいなかった。
「魘されていないならいいんだけれど」
「今のところそんな気配欠片もないですけれど、何か懸念があるんですね?」
 それがなければわざわざ小牧が柴崎を呼び出してまで確認しないはずだ。
 だが、何を懸念しているのかまでは、さすがの柴崎も察することができなかった。
「必ずしもって訳じゃないし、今のところ問題ないなら大丈夫かなって・・・気がするんだけれど、フラッシュバックって何がきっかけで起こるか判らないから、一応上官として確認しておかないとね。堂上からじゃ聞けないだろうし」
「フラッシュバックですか?」
「笠原さんの目の前で堂上が撃たれたでしょう?」
「それで、フラッシュバックですか? ですが・・・」
 初めて人が撃たれたのを見たのなら、衝撃は強いかもしれないが、今まで郁の目の前で撃たれた人間がいないわけではない。
「言いたくはないけれど、確かに仲間が・・・いや、人が撃たれて倒れるのを見ても、ショックは俺たちはそう大きくはないと思う」
 慣れたとは表現したくはない。
 だが、感覚が麻痺しているのは確実だ。
 麻痺させなければ、事務的に機械的に現状を把握しなければ、もう二度と前線にはたてない。いや、それどころか二次、三次と被害が拡大し、その中に自分が名を連ねる事にもなりかねない。
 それを処理する能力もまた必要な事だった。
 郁が今までの経験の中で、どう折り合いを付けたのかは判らない。
 ただ、それはおそらく堂上がうまく導いたのだろう。
 あの、茨城美術県展の時に。
 今までも大なり小なりの検閲闘争があり、郁自身何度も銃弾の中を駆け抜けている。その中でも一番酷かったと言って良いのは水戸準基地での抗争だろう。
 あのとき、銃で倒れた人間よりも、潰されていく人の方が酷い有様だった。
 小牧や手塚は狙撃犯だったため、目の前でその後継を視てはいないが、郁はそれを目の前で見たのだ。
 受けた衝撃は生半可な物ではない。
 あの事件後、茨城の防衛部で辞めた者が何人か居たことを小牧は知っている。
 数日夢に魘されてもおかしくはないようなものだった。
 だが、郁はうまく消化し乗り越えた。
 それも前線を駆け抜けるタスクフォースの一員として必要な気質の一つだ。
 一つ一つ乗り越えていけば、生半可な事では動じないように強くしなやかな精神を培って行ける。
 だが、例外と言うことは何事もある。
「どんな優秀な隊員であっても、あの時の笠原さんの状況は、正直かなりきついと思う。例え、俺や堂上でも・・・ね。理性では堂上の指示が正しいことはわかっている。あの場ではそれしかなかった。当麻先生を逃がすには一刻の猶予もなかったし、基地に戻ったら領事館などに駆け込める手段はゼロに近くなるぐらいに可能性が落ちただろうしね。だから、笠原さんは堂上の指示通り動いた。そして、彼女はたった一人であの嵐の中、当麻先生を保護して無事に大阪へ抜けて、英国領事館へ駆け込めた」
 それは、誰もが手放しで褒め称える結果へと繋がった。
 彼女が大阪という大都市の街中で無許可でありながら、自動小銃を連射して、たった一枚の始末書で済んだのは、その結果がどれほど大きな成果を図書隊に運んできたかを物語る。
 通常であれば無許可での自動小銃の乱射は、懲戒免職にもなりかねない。運良く免れたとしても、査問や降格などに値するだけの無謀ぶりだ。
 それが、降格どころかほぼ昇進は確実・・・玄田なんどは笑いながら二階級特進ものだなと笑い飛ばしていたほどだ。
 茨城県展での活躍、当麻事件での活躍、それ以外の通常業務内での犯人捕獲率、諸々を考慮すれば考査ではおそらく同期では、手塚や柴崎を抜いてトップを行くだろう。
「だけれど、笠原さんの気持ちを思うと身を引き裂かれるような思いだっただろうね。上官としてだけじゃなくて、男として慕っている相手が目の前で撃たれて、死にかけているのに、置いていかなければならなかったんだから。その後も連絡の取りようがない状況だ。いくら救急車で運ばれた事は判っていても、その後の容態を知りようがなかったんだから」
 その時の郁の心情がどんなものだったか想像することはできても、誰も判るとは言えない。
 きっと、何度も基地に連絡をとり堂上の容態を確認したかっただろう。
 今後の打ち合わせをし、指示を仰ぎたいと思っただろう。
 彼女は特殊部隊に配属されてやっと三年。
 今では戦力として何ら不安のない背中を預けられる仲間だと思ってはいるが、まだ図書隊に入って三年しか経っていない、二十代半ばの女性でしかないのだから。
 どれほどまでの不安と孤独と戦ったのだろう。
 ただ、どれほど堂上が気がかりで心配で不安であろうとも、それを引きずることなく任務を全うし終えたことが全てであり、彼女の精神力の強さなのだろう。
「陸上をやってたからですかね。あの子、あんなに感情的なのにゴールを定めたとなったら、コントロールというか集中力凄いですから」
「だから、反動が少し怖いな・・・って思ったんだ」
「反動ですか?」
「そう。あの時はただ、当麻先生を領事館に連れて行くという一点のみに意識を集中していただろうし、堂上のことは考えないようにしていたと思う。でないと、不安に押しつぶされかねない状況だったしね」
 俺でもそうしただろうし。
 最悪な事を考え出したら一歩も動けなくなりかねない。
 人一人を犠牲にしてまで、前へ進むべきなのか。
 一瞬でも躊躇したら全てがアウトだ。そんな危うい境界線の上を、おそらく本人は無自覚に立っていただろう。
 
 ただ、堂上と約束をした。

 それだけを、頼りにして。

「結果的には堂上は無事に復帰できるから、笠原さんの心理的負担はかなり減っているとは思うけれど、あの時のあの状況のストレスを考えるとね、どこでどうその反動が出るか判らないから、心配なんだ。特に抑圧されてたものって、不安や悩みから解消された後に、顕在化しやすいしね」
 それで、最初の問に繋がるのか。
 戦闘職種ではなく、前線の厳しさを本当の意味では知らない柴崎には、想像することはできても我が身のこととして実感することはできない。
 彼らが強いられているストレスというものに。
「茨城から帰ってきた頃は眠れない夜もあったようですけれど、今のところは問題ないと思います。雨の日だろうが嵐だろうが、気にした様子を見せたことはありませんし、夜に飛び起きたって事もないですから」
 あの日から一ヶ月。
 その間に幾度か雨の日や、嵐が一度だけあった。
 だが、柴崎が知る限り郁の様子がいつもと違ったと思うことは一度もなかった。
「堂上も無事だったし、晴れて恋人同士になれたし、うまく消化できたのかな」
 あのときかかったはずの負荷が残らないように、堂上自身気に掛けてできる限りの事は自分自身でしているはずだ。
 それが、良い方へ転化されているのならばそれに越したことはない。
 だが、もしもの事を考えると放置はできない。
 郁の事だから自ら進んで不安を人に話すことは無いだろう。
 秘して黙して己の中で抱えむ事がたやすく予測できる。
 笑ってたいしたことはないといって。
 どんなに苦しくても辛くても。
 だが、押さえ込めば押さえ込むほどそれは負荷を増し、どこで爆発するか判らない地雷になりかねない。
 それは、戦闘職種としては危険な爆弾だ。
「カウンセリングは定期的に受診するのは俺たちは義務だし、そこで引っかかってないから大丈夫だとは思うけれど・・・」 
「あたしも、注意してみておきます」
「よろしくね」


 小牧の懸念が現実化したのは、それから一年近く経ってからのことだった。


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